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監査上の主要な検討事項(KAM)について
会計監査は財務諸表の信頼性を担保するための重要なインフラですが,近年,大手上場企業や上場間もない企業における不正会計事案などを契機として会計監査の信頼性が改めて問われている状況にあります。 こうした中,主に世界的な金融危機を契機に,会計監査の信頼性を確保するための取組みの一つとして,監査意見を簡潔明瞭に記載する枠組みは維持しつつ,監査人が当年度の財務諸表の監査において特に重要であると判断した事項(いわゆる「KAM(Key Audit Matters)」を監査報告書に記載する監査基準の改訂が国際的に行われてきています。 このような国内外の動向を踏まえ,企業会計審議会及び同監査部会においては,昨年9月から「監査上の主要な検討事項」の導入等を内容とする監査基準の改訂について審議を行い,本年5月の公開草案に対する意見募集を経て,本年7月,監査基準の改訂を行いました。 今回は、この「監査上の主要な検討事項」の内容について解説していきます。 |
(1)監査上の主要な検討事項の決定
(2)監査上の主要な検討事項の監査報告書における記載
(3)監査上の主要な検討事項と開示との関係
(4)監査上の主要な検討事項の適用範囲
(5)監査上の主要な検討事項以外の監査報告書の記載等の見直し
(6)適用時期等
(7)まとめ
(1)監査上の主要な検討事項の決定
監査上の主要な検討事項は、当期の財務諸表の監査において監査人が特に重要と判断した事項をいい、監査役等に伝達した事項の中から選択されます。監査において、監査役等に伝達した事項の中から選択されます。監査において、監査上の重要な事項は現在も監査役等にコミュニケーションを行うことが求められていますが、この中から、以下の点を考慮して特に監査人が注意を払った事項を決定し、さらに特に重要であると判断した事項を決定します。 |
・特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、または重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された事項。 ・見積りの不確実性が高いと識別された事項を含め、経営者の重要な判断を伴う事項に対する監査人の判断の程度 ・当事業年度において発生した重要な事象または取引が監査に与える影響 |
監査上、主要な検討事項は監査人が実施した監査に関する情報であるため、どの事項を監査上主要な検討事項とするかは最終的に監査人が判断しますが、監査の過程において、監査役等および経営者と監査上の主要な検討事項の候補となりそうな事項について、これまで以上に深度ある議論行う必要性が生じることが予想されます。 |
(2)監査上の主要な検討事項の監査報告書における記載
監査人は,「監査上の主要な検討事項」であると決定した事項について,監査報告書に「監査上の主要な検討事項」の区分を設け,関連する財務諸表における開示がある場合には当該開示への参照を付した上で、下記の事項を記載します。
・「監査上の主要な検討事項」の内容 ・「監査上の主要な検討事項」であると決定した理由 ・ 監査における監査人の対応
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監査上の主要な検討事項の記載にあたっては、個々の会社の監査に固有の情報を記載することが想定されていることに留意が必要です。監査上の主要な事項は、標準文言による定型的な監査報告書から、個々の会社ごとにオリジナルの監査報告書への転換を図っています。 また、財務諸表利用者にとって有用なものとなるように,監査人は,過度に専門的な用語の使用を控えて分かりやすく記載するよう留意する必要があります。 |
なお、監査基準の改定においては、報告基準の中で「監査上の主要な検討事項」の決定及び記載についての規定を新設しているものの,実施基準については改訂していません。改訂前の監査基準においても,監査人は,リスク・アプローチに基づく監査を行うことや,監査計画の策定段階から監査の過程を通じて監査役等と適切な連携を図ることなどが求められており,「監査上の主要な検討事項」は,こうした監査の過程を通じて決定されることとなります。したがって、従来から求められている監査手続が適切に実施されていれば,「監査上の主要な検討事項」の導入によって監査手続が大きく変わることはないと考えられます。 |
(3)監査上の主要な検討事項と開示との関係
監査上の主要な検討事項の記述にあたっては、企業が外部に公表されていない情報に触れる必要が生じることが想定されます。また、企業がいずれの方法によっても開示されていない情報に監査人が触れる必要があると判断した場合の対応として、下記の方法が考えられます。 ①経営者に追加の情報開示を促す。 ②必要に応じて監査役等と協議を行う。 |
多くの場合、これらの協議により開示上の問題は解決されると思われますが、経営者及び監査役等との協議を踏まえても会社が追加的な情報の開示をしない時の監査人の対応としては、下記が示されています。 ①監査上の主要な検討事項の記載により企業または社会にもたらされる不利益が、当該事項を記載することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれない限り、監査上の主要な検討事項として記載することが適切である。 ②財務諸表利用者に対して、監査の内容に関するより充実した情報が提供されるということは、公共の利益に資するものと推定されることから、監査上の主要な検討事項と決定された事項について監査報告書に記載が行われない場合は極めて限定的である。 |
このような場合の監査人の守秘義務との関係は、監査人が正当な注意を払って職業的専門家としての判断において監査上の主要な検討事項を監査報告書に含めることは、監査基準に照らして守秘義務が解除される正当な理由に該当すると整理されています。 |
(4)監査上の主要な検討事項の適用範囲
「監査上の主要な検討事項」の記載は,監査意見とは明確に区別された追加的な情報提供であり,その記載を求める趣旨が,我が国資本市場の透明性,公正性を確保することにあることを踏まえ,すべての監査報告書に記載を求めるのではなく,主として,財務諸表及び監査報告について広範な利用者が存在する金融商品取引法に基づいて開示を行っている企業(非上場企業のうち資本金5億円未満又は売上高10億円未満かつ負債総額200億円未満の企業は除く。)の財務諸表の監査報告書において記載を求めることとしました。 |
また、金融商品取引法監査と会社法監査が行われており,それぞれについて監査報告書が作成されています。このため,監査部会では,その双方において「監査上の主要な検討事項」を記載すべきかが論点の一つとなりました。この結論として、当面,金融商品取引法上の監査報告書においてのみ記載をめることとしました。なお,会社法上の監査報告書においても任意で「監査上の主要な検討事項」を記載することは可能であると考えられる。 |
(5)監査上の主要な検討事項以外の監査報告書の記載等の見直し
従来の我が国の監査報告書では,監査の対象,経営者の責任,監査人の責任の区分の後に監査意見が記載されているが,「監査上の主要な検討事項」の導入に併せ,監査意見を監査報告書の冒頭に記載する記載順序の変更を行うこととしました。また、新たに意見の根拠区分を設ける改定も行なっております。このほか,監査役等の責任として,「財務報告プロセスを監視する責任があること」を新たに監査報告書に記載する改訂も行っています。 |
継続企業の前提に関する評価と開示に関する経営者及び監査人の対応についてより明確にするため,継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められる場合に監査人が監査報告書に記載する際,独立した区分を設けて継続企業の前提に関する事項を記載することとしました。 併せて,経営者は継続企業の前提に関する評価及び開示を行う責任を有し,監査人はその検討を行う責任を有することを,経営者の責任,監査人の責任に関する記載内容にそれぞれ追加することとしました。 |
(6)適用時期等
監査上の主要な検討事項」については,2021年3月決算に係る財務諸表の監査から適用します。ただし、それ以前の決算に係る財務諸表の監査から適用することを妨げない。また,「監査上の主要な検討事項」以外の監査報告書の記載等の見直しについては,2020年3月決算に係る財務諸表の監査から適用す流こととされています。
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「監査上の主要な検討事項」については,監査部会の審議において,監査に関する情報提供の早期の充実や,実務の積上げによる円滑な導入を図る観点から,特に東証1部上場企業については,できるだけ2020年3月決算の監査から早期適用が行われるよう,東京証券取引所及び日本公認会計士協会等の関係機関における早期適用の実施に向けた取組みを期待するものとされております。 |
(7)まとめ
監査上の主要な検討事項の導入等を内容とする監査基準の改定について解説してきましたが、この改定により、監査報告書の社会的役割が増すように思います。従来は、無限定適正意見、限定付適正意見、不適正意見、意見不表明ごとに画一的な報告書となっていましたが、今回の改定により、各企業の抱える問題点を監査報告書より確認することができるようになります。この改定により監査に信頼性の回復と社会的役割が増すことを期待しています。 |
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