退職給付債務について

はじめに、退職給付とは、退職一時金や、退職年金といった従業員の退職に伴って支給される退職金のことを言います。企業にとって、退職給付は従業員に対する負債ですが、退職給付は実際の支払額が確定するまで時間がかかるため、毎期負担額を正確に把握することは困難です。しかし、企業はこのような状況を毎期BS,PLに適切に反映させる必要があります。そこで、この退職給付の負担額を合理的に見積もるための方法として、退職給付会計の整備を行いました。

目次
(1)退職給付引当金および退職給付費用の算出方法
(2)退職給付債務とは
(3)退職給付債務の基礎率について
(4)退職給付債務の基礎率の変更と影響について
(5)退職給付債務が数理計算上の差異に与える影響について

(1)退職給付引当金および退職給付費用の算出方法

退職給付は、個別財務諸表上は退職給付引当金(BS)と退職給付費用(PL)の2勘定によって処理されます。

退職給付引当金は、退職給付債務から年金資産を差し引いた金額に、未認識数理計算上の差異と未認識過去勤務費用を加減算して算出されます。

退職給付費用は、勤務費用、利息費用、未認識数理計算上の差異、未認識数理計算上の差異処理額、未認識過去勤務費用処理額、期待運用収益により構成されております。
では、退職給付引当金は、退職給付費用の発生により増加します。この反面、退職者に退職給付を直接支給する場合や、年金資産への掛金を拠出することによって減少します。

ここで、退職給付費用のうち勤務費用および利息費用は退職給付債務の増加要因となり、期待運用収益は年金資産の増加要因となり、退職給付債務の減少要因となります。
それでは、退職給付費用の内訳である、勤務費用、利息費用、期待運用収益とはどのように算出されるのでしょうか。

①勤務費用は、退職給付見込額のうち当期の労働の対価として発生したと認められる退職給付をいいます。

②利息費用は、期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息を言います。

③期待運用収益とは、年金資産により当期に獲得が期待される、運用上の収益額のことをいいます。なお、年金資産とは従業員への退職給付支払いのために企業が外部の企業年金等に掛金の拠出を行い、積み立てる資産をいいます。年金資産は主に株式や債権等から構成されるため、毎期運用上の収益が生じることになります。
次に、数理計算上の差異と過去勤務債務の内容を記載いたします。

④数理計算上の差異とは、退職給付における見積数値と実績数値との差をいいます。数理計算上の差異は①年金資産の期待運用収益と実際の結果との間に差異がある場合、②退職給付債務の計算に用いた見積もりと実績に差異がある場合に発生します。

⑤過去勤務費用とは、退職給付水準を改定したことにより、将来の退職給付見積額が変化し、それによって割引計算し直した場合の、退職給付債務の増減部分をいいます。
上記から、退職給付会計にいては退職給付引当金は、退職給付債務の額、年金資産の額、退職給付費用の額(勤務費用、利息費用、期待運用収益、数理計算上の差異の費用化部分、過去勤務債務の費用か部分)により算出されます。それでは、次章では、退職給付債務をメインに解説していきます。

(2)退職給付債務とは

退職給付債務とは、従業員が在職中の一定期間にわたり労働を提供したこと等の理由に基づいて、退職以後の従業員に支給される退職給付のうち、認識時点までに発生していると認められるものをいいます。その計算は、認識時点までに発生していると認められる額を一定の割引率および予想される退職時から現在までの期間に基づいて割引計算をします。
退職給付債務は以下の3つのステップを経て計算される。

①退職給付見込額の見積りを行う。

→退職給付見込額とは、「退職により見込まれる退職給付の総額」をいいます。退職給付債務の計算は、将来、従業員が退職する時点で支払われるであろう退職給付の総額を見積もるところから始まります。
→退職給付見込額は、「合理的に見込まれる退職給付の変動要因を考慮して」見積もられることになります。その際考慮される主な退職給付の変動要因は、退職率、死亡率、退職事由およびその支給方法の発生確率、ならびに予想昇給率があります。

→退職給付債務は原則として個々の従業員ごとに見積もることになりますが、合理的な計算方法として、従業員等を年齢別、勤務年数別等の合理的な区分によってグルーピングをして、標準的な退職率や昇給率を適用することができます。
②退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額を計算する。

→見積もられた退職給付見込額のうち、期末までに発生していると認められる額を計算します。この計算は退職給付見込額の期間帰属とも呼ばれており、この計算は、ある従業員が退職する際に支払われる退職給付見込額を、当該従業員の勤務期間内の各年にどのように割り当てるかである。

→割り当て方法としては、「期間定額基準」と「給付算定方式基準」の2つの方法から選択適用をすることを認めています。
③割引計算によって退職給付債務を計算する。

→割引計算とは、将来の見込である退職給付見込額を現在価値に引き直し、現在価値に割り引かれた金額を合算して退職給付債務を計算します。
上記の3ステップにより、退職給付債務の金額を計算します。

(3)退職給付債務の増減の要因について

退職給付債務の計算方法は上記にて記載しました。では、退職給付債務はどのような要因で増減するのでしょうか。こちらでは、退職給付債務の増減要因について記載していきます。
上記の計算方法①にて、退職給付債務を見積る際は、死亡率、昇給率、退職率等を考慮して計算する。このため、死亡率、昇給率、退職率等が変更された場合、退職給付見積額が増減し、その結果、退職給付債務が増減します。

では、各指標はどのように計算されるかを確認していきます。
①退職率
→退職率は過去の退職実績に基づいて計算される。
→そもそも、退職給付見込額を算定する際に退職率を使用する必要がある理由は、従業員の退職により、退職一時金・年金が支給される時期を合理的に予想するために利用する。
②死亡率
→死亡率は企業年金制度の財政計算で用いられる率や国民生命表を用いるのが一般的です。
③予想昇給率
→予想昇給率は、個別企業における給与規定、平均給与の実績分布および過去の昇給実績等にもとづいて合理的に予想される昇給を推定して計算します。なお、ベースアップは、合理的に予想できる場合は、予想昇給率の算定に含めます。
上記の他にも、④予想再評価率や⑤一時金選択率も基礎率に影響を与えますので、これらの項目も退職給付見込額を算出する際に考慮する必要があります。

(4)退職給付債務の基礎率の変更と影響について

計算基礎率が変化することで、退職給付債務は変動します。
では、基礎率が変化するとなぜ、退職給付債務は変動するのでしょうか。

例えば、昇給率を従来は2.5%としていた会社が、3.5%に変更した場合、給与金額300の人を想定した場合、当初の基礎率だと、1年後には307.5が計上されるのに対し、変更後の割引率は、310.5となり、退職給付債務の額に変化が生じます。

具体的には基礎率の変化がどのような影響を与えるかを下記のまとめます。
退職給付債務増加減少
割引率上昇下降
昇給率上昇下降
退職率下降上昇
では、基礎率の変更は毎期行う必要があるのでしょうか。

割引率については、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末日の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときは、重要な影響を及ぼすものとして、期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければいけません。
その他の計算基礎はそれぞれ企業固有の実績等にもとづいて退職給付債務等に重要な影響があると認められる場合は、各計算基礎を再検討し、それ以外の事業年度においては見直さないことができるとされている。

退職給付会計基準上は、財政再計算により、基礎率の見直しについて検討を行った場合でも、見直し後の基礎率が退職給付債務等に重要な影響を与えると認められない場合は、必ずしも計算基礎の見直しを行う必要はないとされている。

(5)退職給付債務が数理計算上の差異に与える影響について

はじめに、数理計算上の差異とは①年金資産の期待運用収益と実際の運用収益との差異、②退職給付債務の数理計算上に用いた見積り数値と実績数値との差異、③見積り数値の変更等により生じた差異をいいます。

では、退職給付債務の見積りに用いた基礎率の変更を行った場合は数理計算上の際に該当するのか?
退職給付債務や年金資産の金額を算出する際には、その基礎として、あらかじめ割引率、予想昇給率、退職率、死亡率、長期期待運用収益率等の見積数値等を用いて計算します。

この基礎率等は、事前に見積もられて設定された数値であることから、実績とある程度乖離が発生することが通常である。そのため、見積数値を見直せば将来退職給付や支払い時期等の見込みが変動するため、退職給付債務も変動する。
このように、「①あらかじめ定められた見積数値と毎期末の実績の数値との差異」または、「②見積数値の変更が、退職給付債務または年金資産の金額に与える影響」が数理計算上の差異となる。

見積数値は重要な変動が生じていなければ見直さないことができるから、上記②による数理計算上の差異が必ずしも毎期生じるものではありません。

これに対し、①の差異は常に生じるため、原則として毎期、予定と実績の差異を計算し、これを数理計算上の差異として把握する必要があります。

(6)まとめ

退職給付に基礎率の内容から、基礎率の変更に伴う数理計算上の差異について解説してきましたが、具体的な会計数値を参照いただきながら本記事を読んでいただくとより内容がわかるかと思います。退職給付会計について詳しく学びたい場合は、下記の書籍がオススメです。

参考文献:Q&A退職給付会計の実務ガイド

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ABOUTこの記事をかいた人

公認会計士です。都内の監査法人に勤務しています。会計/監査/税務に関する情報を配信していきます。